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がん死亡者数の増加

今回はがん、それも基底膜を超え浸潤し転移のあるがん、つまり悪性新生物による死亡者数の増加をお知らせします。この基になったデータは国立がんセンター発表の死亡数・死亡率、主要死因・年次別(明治43年〜平成14年)です。

まず明治43年、西暦で1910年の悪性新生物による死亡者数は32,998人で、人口10万人に67,1人が死亡しております。1万人に6.71人、千人に0.67人ですから、その当時「がん」はあまり日本人には脅威の病とは認知されていなかったのかもしれません。当時の死亡原因のトップをデータでみますと、人口10万人対比(以後「死亡率」と呼びます)で262.0、死亡者数128,877の肺炎が一番になります。

次に私が生まれた昭和39年のデータです。この年は新幹線が開通し、東京オリンピックが開かれた年ですので、年配の方にはイメージがつきやすい年かと思います。その年の悪性新生物による死亡者数は104,324人で、死亡率107.3です。千人に1.073人ということです。この昭和39年時には肺炎による死亡者数は31,212人、死亡率32.1と激減しており、死因のトップは脳血管疾患で死亡者数166,901人、死亡率171.7です。ちなみに明治43年から昭和39年までの死亡率の推移で見ると、この脳血管疾患が131.9から171.7と急激な伸びを見せております。

では悪性新生物が死因のトップになった年をデータで見ますと、1981年になります。この年の悪性新生物による死亡者数が166,399人で死亡率142.0。脳血管疾患による死亡者数が157,351人で死亡率は134.3です。

がん=不治の病と連想するぐらい、最も怖い病気だから古くから死亡原因のトップかと思っておりましたが、意外と最近のことだったのです。でももっと怖くなったのはその後のデータです。脳血管疾患による死亡率はちょっとした変動を経ながらもなだらかに下がり、2002年には死亡率102.8になります。それとは反比例するかのように悪性新生物は、決して緩やかとはいえない、急激と言っても良いほどの死亡率の上昇をデータは伝えております。

死亡率 1987年 164.2 1992年 187.8
  1997年 220.4 2002年 241.5

明治43年のデータから2002年の死亡率の増加を比較しますと、

脳血管疾患 −77.9%

悪性新生物 359.9%

ここまで調べてきましたら私自身、胃が痛くなってまいりました。次回もがん関連のデータを検討していきたいと思います。

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